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stereograph

女子中学生の色々

写真日記

珍しく(ブログを書くことがまず珍しい)写真日記などつけてみようと思う。旅行してきたので。

卒業発表を間近に控えて、留年してそうだし、逃げたいし、関東圏を脱出したいと思っていたところに、後輩が京都で艦これオンリーにサークル参加するというので便乗参加することにした。 というような計画を立てていたところ更に、岐阜在住の友人が折よく時間が空いているというので、目的地を拡張して3泊4日の中部〜関西旅となった。

時間はあるがお金はないので交通手段は青春18きっぷ

東海道線が来るまで暇なので新橋でも写真撮った。

出発早々人身事故により乗換計画がぶっ潰れ、熱海で一息入れて鯛めし弁当を食す目論見が消えてなくなった。

しかしトイレには行かなければいけないし飯も食わないと辛い。とりあえず降りねばならぬと名前に惹かれて「富士」なる駅で降車。少しは期待していたのだけど結果は

富士山チラ見せ、の手前で主張する魚民。

どうやら富士の麓は工業地帯のようだった。煙突がたくさんあった。 しかしあとは概ね順調で、まあまあな時間に岐阜到着。尻は少し痛くなったけど私は元気です。

岐阜は基本的に名古屋の味噌文化を共有しているようで、飲み屋で出てきたつまみはだいたい味噌味。なかでも鶏ちゃんは大変美味であった。

P3075803.jpg

翌日は飛騨牛ランチ。死ぬほどうまい。ちなみに店はここ

昼飯を食ったところで岐阜を離れ京都へ。鈍行2時間。JUDY AND MARYのKyotoを聞きながら移動。

京都タワーには結局登らなかったが、京都タワー地下の風呂には大変お世話になりました。 到着後からあいにくの雨、移動にも予想以上の時間がかかり銀閣寺しか行けず。

樹齢何百年かの木。増感したかったなこれ。

銀閣寺から京都駅へ戻った頃には真っ暗。ここで履いていたジーパンの後ろ側が銀閣寺の特殊な土?の跳ね返りで真っ白になっていることが判明、京都タワー浴場で泣きながら汚れを落とした。

ネカフェの椅子で一夜を明かし翌日、天気は晴れ。伏見稲荷登頂。このへんからリバーサル。

長い階段をひたすら登り、これはなかなかのところまで来たのではないか、と案内図を見たところ全体の3分の1くらいまでしか来ておらず絶望。引き返そうかしばらく迷ったが旅行先に来てまで負けた気になりたくないので気合で登った。もはやそこに信心はなかった。 下山するときに道を完全に間違え、おそらく売店の人が出勤する用の舗装されためっちゃ傾斜のきつい道を下ってしまい膝をいためたのでこれから行く人はお気をつけ下さい。 千本鳥居で修学旅行中の中学生を多数見かけた。青春はほんとうに美しい。女子中学生達が鳥居にもたれて写真を撮っていたりして、眩しさのあまり目が潰れた。青春は、反省しなくていい。今を生きればいい。ひたすら現象していてほしい。

そしてこの旅の目的と言ってもいい待望の出町柳へ。

ロケ地云々抜きに鴨川デルタは良いところだった。子どもたちが遊びに来ていて「今日めっちゃ水少ないやん!少ない!」と言っていた。

クロスプロセス現像大成功。

おっぱいもちのところ。

かたじけねえから逃走の流れ。

手持ちの貧弱なレンズでは例の凶悪なロングショットは再現できず。

日が傾いてきたら劇中のような色に。

フィルム使い切るために適当に撮った空の写真が一番いい色してたので多分まだクロスプロセス現像の色の転びとか特性をわかってない

鴨川バイノーラルフィールドレコーディングしたので共有します。 [soundcloud url="https://api.soundcloud.com/tracks/195364195" params="auto_play=false&hide_related=false&show_comments=true&show_user=true&show_reposts=false&visual=true" width="100%" height="450" iframe="true" /]

この日は宿泊先の神戸に移動して終了。 翌日昼、神戸牛を食う。

カメラがカメラなのであまり美味そうに見えないが超うまい。 1000円のノーマルステーキと3000円の神戸牛ステーキのどちらにするか死ぬほど悩んだがここでノーマルにしたら来た意味が無いので神戸牛突撃。

感想、

これを受けて@n_soba氏が

とおっしゃっていたが、わかる、うまいものを食うと調子が悪くなるので日高屋に通ってる感じある。旅行パワーなかったら神戸牛食えなかったと思う。

そんなこんなで関空からジェットスター乗り成田で終了。着陸した瞬間に卒業発表のことが頭に戻ってきて死ぬかと思った。 まあ結果卒業できてたので、よかった。今月はもういけないと思うけど次は社会人マネーで新幹線乗りたいです。

湯WIRE行った

7月にバイブス動物園へ遊びに行って、あれは非常にヤバいイベントだったけど、バイト後に行った僕は激しすぎるバイブスに完全にやられてイベントが終わる頃にはあまりの体力の低下に体中の震えが止まらなくなっていた(実話)。

そこへ来て湯WIRE。温泉、座敷、酒、ナイス。僕のように体力のない引きこもり野郎にはちょうどいいです。

Skweeeが流れる中の生ハム原木カットは一生に一度見られるか見られないか分からないレベルの超貴重な光景で、あまりのドープな光景に酒が一気に回りました。ハムは人をアニマルにする。

イベントの印象としては、非常に不思議なイベントだなーと思いました。来場者の層としては、アニクラ層、テクノ好きそうな層、とにかく酒を飲みたい層などが万遍なくいる感じ。で出演者の方々のほうを見ると、ブレイクコアかけてたりアシッドのライブやってたり、beatsだったり全曲アニソンだったりとこれもまた様々。

普通こういうイベントってうまく成立しないじゃないですか。ガチテクノイベントでアニソン流れてきたら調子狂うし、逆もまた然りなんだけど、湯WIREというイベントは「温泉で音楽を聴く」がコンセプトなので、そのへんのバランスが温泉というチルアウト空間を中心に全部取れてる感じ。踊りたくなったら踊ればいいし、そうでないなら座って酒飲んでていい。各自が盛り上がる音楽で適当に盛り上がる。別に盛り上がらないでぼーっとしててもいい。そういう場なのでとにかく気楽だし、もしかしたら普段全然聴かないジャンルとの出会いもあるかもしれないというのは非常にいいと思いました。

ただこれ、出演者の人はそれなりに怖いと思う。踊らない人は全然踊らないし、守備範囲でない音楽が流れてきて座っちゃう人もいるだろうし、ある種普通のクラブより反応が読みづらいところがあるのかもしれない。直接的な盛り上がりとかあんまり気にしないでもっと気楽にやればいい、ということなのかもしれないけど。

綱島温泉はとってもいいところでした。湯WIREの音とカラオケの音が混じって1階は謎の空間と化してて、風情があった。次も行きます。

恵比寿さんのフリー素材。本人に許可とってあるのでクリエイティブ・コモンズで公開します。VJ素材に出来るもんならしてみやがれ クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

近況とピンポン

就活が終わりました。よかったですね。

 

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ピンポンEDのリミックスやった

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10時間かけないでサクッと作った感じで、まあリハビリとしてはこんなもんか感。

この間松戸で飲んだときへたれくんに「あのリミックスはだめなやつ!」といわれてしまったが、それはまあわかってた。作ってすぐ出したがりなのは厳しく戒められるべきで。

 

まあそれでも最低限守っている美徳のようなものはあって、それに反してはいないので65点くらいはつけられるかなと思ってる。 例えば、歌物のリミックスというのはボーカルが主役、あとは全部おまけであって、ボーカルに破滅的な加工を施すのはいやだな、というところとか。空間系無駄打ちしたくないなとか。リリースはきちっと切るとか。無駄な音は入れないとか。

ただ今回は無駄な音は入れないというところを過剰に意識しすぎて音の構成が完全に守りに入っていたので、そこの所は何とかバランスを取っていきたい。

 

だいたいそんな感じです。あと最近は意識高く英語勉強したり写真撮ったりしてます。

5年たった

全く忘れていたが、Stereo Graphicaを始めてから今年で5年経つらしい。

5年前、高校3年生。夏コミに申し込んだときを考えると高校2年生。 あっという間に月日が経ち、僕はもうすでに(ひょっとすると高校の時から)若手じゃないし、たぶん同人音楽的にも最近の音楽人口的にも中堅になった。 全くその自覚がないのはいいことなのか悪いことなのか。

おかげさまでサークルとしても4枚CDを出すことが出来ました。

5年やってるとやはり波があって、1年目はとにかく寝食削ってでも曲を作るのが楽しかったし、2年目は浪人で曲作りをなるべく封印していたし、3年目はやっと曲が作れると思ったら以前のような突っ走る曲作りが出来ず悩み、4年目はKeyアレンジでつけた弾みで着々と曲を作りため、5年目で念願の2枚同時リリース。 そして6年目がはじまると。

まあ、なんだかんだでこれからも曲を作ることでしょう。次はいつかわからないけど、作るべきものはちゃんとあるし、まあ後はそれを形にしていくだけです。ご期待ください。

ICC 大きな耳を持ったキツネ 鑑賞

先日初台ICCにて、無響室での展示作品「大きな耳を持ったキツネ」鑑賞してきました。 evala氏の作品はacoustic bentなどで存じ上げていましたけれども(ここだけの話ジャケットのアレはアレ)、改めて無響室で聞くと、いやすごい聴覚体験だなと。 この作品は2つの録音の中からどちらを聞くか鑑賞者が選べるようになっていて、僕は京都のフィールドレコーディング作品を選択しました。 通常のステレオ録音というものは実は録音という作業を通してある程度抽象化がされているものです。通常人の聴覚というものはこの世界にあふれる微細な音の中からいくつかの音を選択して聴取します、カクテルパーティ効果というやつですね。半分自らの意思で音響情報を減らした上でそれを認知している。 これが録音物になるとまた趣が変わってきて、ステレオ録音の上で情報量が減るわけだけれども、それが自らの意思によってなされたものではないのであるからか、ある種の「聴覚外」の情報があふれてくる。録音した音声を聞き返したときにやたらノイズが多いのは、単にS/N比であるとか録音レベルの問題ではなくて、選択的聴取にある種の不全が起きているからだと僕は考えています。 前置きが長くなった。で、この作品ではフィールドレコーディング素材を使っているということなんだけど、まずこの製作そのものが音についてくる付帯情報の削除、およびその再構成というポイントから始まっている感じがある。 作中に登場する自転車の音や何かのカラカラという音など、すべてが、その音が録音された情景が、付帯情報(たとえばそれは騒がしい街中で録音された…など)が削除されているにもかかわらず、タグなしの音自体(これはたぶん危険な用語だと思う)が配置されることによって、意図的な、あまりにもartificialな京都の情景が再構成されている。で、それらの音が、無響室上で8.1chで再構成されているということは、鑑賞者は音のクラスタの再選択聴取を迫られている。まさしくこれはハイファイによる聴取者のアップデートされた聴覚に切り込んでくるものだと思う。 つまりだ、鑑賞者は異様に精緻化され編集された超低ノイズの音記号群の集合を、暗闇の中8.1chで10分間浴びされることになる。これが!!!どういうことか!!!おわかりですか!!!わからない!!!そうか!!!! 普通水がバチャバチャはじける音が耳元でし続けるとかあり得ないわけじゃないですか。真っ暗闇の中でそのような音響を聞き続けるということは、重力に支配された音響空間からほっぽり出されて具体音というにはあまりに精緻な音の塊を延々と聞くことになるんですよ!!

なんかもう何を書いても無駄なような気がしたので早く行った方がいいと思います

MacBook Air 買ってしまった

新年早々やってしまいました。

祝 MacBookAir 購 入

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やばいです。何がやばいってすべてやばいです。あまりに薄い。あまりに軽い。指2本でもぎりぎり持ち上がるくらい軽いです。同じことをMacBookPro15インチでやろうとしたら指が折れそうになりました。

 

購入理由

なんでまたこんなものを突然買ってしまったのか。

・・・という感じです。

これから卒論を書くことになるわけですが、MacBookProをたとえ13インチだったとしても持って行って外で作業している自分の姿が全く想像できず、じゃあ買うしかないかぁ、となり後は割と迷うことなく購入しました。

MacBookPro13インチに、スマホ用追加バッテリー、手帳2冊、クリアファイルと書類、参考書籍、筆記具、iPad等々もって歩くとかいじめですよ、まるで軍の行軍ですよ、ハートマンですよ。

これで重い荷物が少しでも軽くなるかと思うとうれしくて仕方がない・・・。

 

ではMacBookProはどうするのかというと

別に売ったり捨てたりすることもなく、普通に使います。なんていったってこいつはパワフル。

2011年発売とはいえCorei7のCPUパワーはやはり強い。メモリも16GBまで載せ替えてあるので最新のMacにも劣らぬスペックです。去年は音楽制作でも映像制作でもスペックをフルに使いました。音楽ではエフェクト重ねけもトラック増加も余裕だし(ただしHDDのアクセス速度はそれなりなので、何度か読み込みが追いつかずSSDがほしくなった)、映像の方ではAdobe Premiereを立ち上げノンリニア編集をやりつつ、Direct linkで直接Adobe AfterEffectsのコンポジションを突っ込み適宜AEを立ち上げそっちはそっちでエディットしつつ、用があればAdobe Photoshopも開くというような作業をやってもまだメモリがGB単位で余ってたりしたので相当強い。

が、とにかく持ち歩くのだけは苦痛以外の何物でもないので、これからはモバイルはMacBook Airに譲って、Proの方は液晶モニタに繋いでクラムシェルモード運用で疑似デスクトップになってもらいます(そのためにApple KeyboardとMagic Trackpadを買った。財布が死んだ)。

 

 

しかし去年発表のこのMacBookAir、バッテリーが強化されたとは聞いてましたが電池持ちよすぎないですか・・・。下手したら3G環境下のスマホなどよりよっぽど持ちがいい。全然バッテリー残量が減らないので怖くなってきた。

年末と、僕がFaderを配信販売しなかった理由

冬コミ終わりましたよ。もう1年終わりますね。早すぎる。

今回の冬コミのお目当てはどうしても手に入れたかった平均律さんの本や、いつもお世話になっている小白水恋さんの2003年10周年記念本(名前がすでにやばい)でしたね。どちらも入手できて大満足な年末です。

平均律さんの本はモノとしての完成度がすばらしく、「電子書籍が広まりつつある今フィジカルで出版する同人誌の意味とは」といった問題への一つの回答になっていると感じます。本を開いたときの「感じ」やテクスチャに意味を持たせるというのは、これからのフィジカル出版の一つのポイントになってくるのでしょう。

 

そしてこの話は全く他人事の話題ではなく、僕がなぜフィジカルリリースを続けるのかという理由になってくるのです。

確かに配信販売にすれば、製造費がかかることもなく、イベントに出る必要もなく、在庫を抱えることもなく・・・とあげていったらいいことずくめなのですが、はたして音楽は利便性追求の果てに存在するべきなのかというと疑問が残ります。

今年の夏コミでは、Faderの配信販売や通販予定についてお尋ねいただき大変恐縮だったのですが、しかし、同人とはコミュニケーションであり、コミュニケーションである以上「より遠く、より多くの人に」とは違う方向を向く必要があるときもあります。というようなことがあり、販路を即売会1日限定にしたほか、なるべく買ったとき、開封したときなどの「感じ」が大きくなるように袋やジャケットの素材にもそれなりに工夫をしたということだったのでした。

 

あー年が変わる前にこれを書き残せてよかった、来年も(就活次第ですが)このポリシーを守っていきたいと思います。がんばるぞ、がんばります。